シカシカイナイナラ

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奈良〜加茂間で走っていた幻の鉄道「大仏鉄道」とは?

皆様こんにちは。

今から100年以上前、加茂から南西に南下するルートで今の鴻池陸上競技場がある場所を通り今、奈良育英高校がある付近に存在した「大仏駅」を通り更に南下、最終的にJR奈良駅まで繋がるルートで鉄道が存在していました。

それが大仏鉄道です。

以下、奈良市と木津川市が発行する幻の大仏鉄道遺構めぐりマップを参考に説明いたします。

尚、このマップに関しては奈良市内の観光案内所で手に入れることができます。もちろん無料です。

わずか9年の"幻"

今から100年以上前、「大仏鉄道」が走っていました。大仏鉄道とは、当時の鉄道会社「関西(かんせい)鉄道」の加茂と奈良を結ぶ、わずか9.9kmの路線の愛称です。 明治31年4月の開業後、終着駅の「大仏駅」は東大寺大仏殿の最寄り駅として、大いに賑わいました。 翌年5月、同社は大仏駅から奈良駅へ路線を延長。奈良駅への乗り入れを果たすと、観光の拠点は大仏駅から奈良駅へと次第に移っていきました。 そして明治40年8月、加茂駅から木津駅を経て奈良駅へと至る平坦なルートが開通すると、急坂の難所を抱える大仏鉄道は休止となり、同年11月に廃線。わずか9年の歴史に幕を下ろしました。 大仏鉄道は、営業期間が短く、当時の資料も乏しい事から「幻の大仏鉄道」と呼ばれています。路線の後には隧道(ずいどう=川の水や人を通すためのトンネル)や橋台(橋の上部構造の両端を支える基礎)などの遺構が所々に残され、1世紀前の姿を今に伝えています。 表紙の絵のような色鮮やかな深紅の蒸気機関車「電光(いなづま)号」などが駆け抜けたという幻の鉄道。当時を思いながら廃線跡をたどれば、周囲の景色も一層美しく見えるかもしれません。

参照:幻の大仏鉄道 遺構めぐりマップ/奈良市・木津川市

(※表紙の絵については観光案内所で実際にマップを手に取りご覧ください)

当時の路線図を見てみましょう。

現在は加茂から東へ木津駅を通り木津駅から南下し平城山を通り奈良駅へと繋がっていますが現在とは全く違うのが分かりますでしょうか?

赤線が大仏鉄道の路線。

白黒白黒の線が現在の路線です。

まぁ綺麗に斜めに南下していますね。

恐らく最短距離で線路を敷こうって事だったんでしょう。

現在は当時の面影はほぼ残っていません。

そりゃ100年以上も前の事ですから。

現在は大仏鉄道が走っていた路線をウォーキングコースとし、大仏鉄道がどんなコースを走っていたのか?と気になる方々、また鉄道マニアの方がよく歩かれています。

しかし、

全て歩くと13キロもあり時間にすると3−4時間かかるコースになるのでなかなかの距離になります。

ですので、

全て歩かれる方よりは気になる部分を部分部分歩かれる方の方が多い様に感じます。

コースも先ほど言った通り3−4時間もかかるのに当時の面影はほとんど残っていないので地図を見ながらあるいても本当にこんなところを鉄道が走っていたのだろうか?と疑問に思いながらのウォーキングとなる事でしょう。

また大仏鉄道が走っていた沿線には季節ごとに様々な花が咲いています。

春夏秋冬と各季節歩かれたら毎回違う花を見る事ができるでしょう。

春は、

シダレザクラ、セイヨウカラシナ、ミツバツツジ。

夏は、

ノアザミ、ゲンノショウコ。

秋は、

ヒガンバナ、コスモス、柿。

冬は、

ヤブツバキ、梅。 と、本当に様々な花を見る事も出来ます。

尚コースは雨の日は歩きにくいので雨の日は避けられた方が宜しいかと思います。

大仏鉄道の事が気になって調べてこの記事を読んだ方も、この記事を見て初めて大仏鉄道の存在を知った方も観光案内所でこのマップを入手して一度歩いてみてくださいね!